hideaki yamasaki

夢がある限り人生に定年はない! 生涯現役76歳のチャレンジ!

=人生後半でも夢をもち挑戦することの楽しさと素晴らしさを描いていきます=

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被爆電車

息子が夏休みを利用してお嫁さんと孫姫を連れて戻ってきた

といっても一泊二日のわずかな時間であわただしく過ぎてしまった

婆さまも「元気のエキス」をもらって暑さもどこへやら・・・

 

二日目の昨日は広島の被爆電車の特別運行に申し込んでいたので

試乗するために広島へ日帰りででかけてきた

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広島へ着くとやっぱり暑い!

町はカープで燃えている!

物販店の販売員もカープのユニフォーム

道行く人もまるでユニフォームが普段着のようなんだ

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電車内でも当たり前、赤いかばんもカープデザインのもの

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次から次へ出入りしている路面電車が孫には珍しくて大喜び

これは電車女子になるな

1歳9ケ月と76歳コンビ、赤いよだれかけもカープデザインだよ

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被爆電車は広島駅から西広島駅を折り返し原爆ドームまで運行

社内でビデオによる解説があり外人さんも熱心に見ていた

この被爆電車は1942年製造、2006年まで現役として広島の復興をともにしながら

働き続けてきた

たぶん、広島にいたころ、乗ったことがあるに違いない

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被爆電車、いまは修学旅行生などの貸し切りに使われている ↑ ↓

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被爆電車から眺める原爆どーム 爆心地に近い相生橋から

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被爆三日後、わずかに残っていた電車で運行が始まり

人がいなくて運転手を15歳の女子が当たったというのだから驚く

何年か前にNHKでドラマ化された

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原爆ドーム前で下車して八丁堀まで歩いた

広島が他の都市と決定的に違うのは交通の中心が路面電車であること

広島市が「路面電車博物館」といわれるように様々な種類の電車が

走っているのを見ているだけでも楽しい

見覚えのあるなつかしい京都市電や大阪市電も当時のまま走っている

路面電車が悠々と走れるのは道路が広いからだ

 (元大阪市電)

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孫姫にカープのユニフォームを買うためデパートのグッズ売り場へ

行ったら人気選手のものは売り切れていて入荷待ちの状態

幼児から選手のネーム入りユニフォームがある(80㎝から)

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郊外の宮島の対岸にある両親の墓参りは時間がなくて寄れなかった

秋の彼岸に延期して息子たちはそのまま新幹線で東京へ

途中の新大阪まで同行して新幹線内では孫に遊ばれた

こんどはいつ、会えるやら

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あやしい発音で ”じいちゃん” といえるようになった

正直なところ聞き取れないが指さしていうからそうなんだろう

76歳になって初めて「じいちゃん」といわれてうれしい

孫のためにも元気で長生きしてやらねば!

こんな幸せがいつまでも続くように

そしていつまでも平和でありますように。